系譜で辿る日本史

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本多忠寄ほんだただより

本多忠寄

三河国挙母藩の世嗣

氏族称・藤原北家九条流
生没1662年 - 1690年
位階
官職
幕府職

江戸時代前期の人物で、陸奥国石川藩と三河国挙母藩の世嗣だった。兄・忠利に嫡子がいなかったため養子となり、延宝4年(1676年)に徳川家綱に御目見するが、家督を継ぐことなく元禄3年(1690年)に29歳で亡くなる。忠利の後継には忠次が婿養子として迎えられた。法名は済誉知広英往生徳院で、奈良県奈良市の王龍寺に墓所がある。

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源義国

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