鎌倉時代後期の公卿である。兄の養子として九条家を継ぎ、正安元年(1300年)に元服し、従五位上・侍従に叙任される。翌年には従四位下・右近衛中将に進み、さらに正四位下に昇進。正安3年(1302年)公卿に列し、嘉元3年(1305年)には備後権守を務めた。徳治2年(1307年)には権大納言、文保2年(1318年)には右近衛大将を経て右大臣に任ぜられる。元亨2年(1322年)には皇太子傅、左大臣を歴任し、元亨3年(1323年)に関白となり、従一位に昇進。翌年関白を辞し、嘉暦2年(1327年)に38歳で薨去。











