江戸時代中期の公卿である。幼くして二条家の養子となり、天和2年(1682年)に元服後、次々と官位を昇進し、最終的に従一位関白となった。東山天皇や中御門天皇の即位灌頂での争論の渦中に立ち、霊元上皇の裁定で印明伝授を受ける。享保7年(1722年)に関白に就任し、幕府との関係を通じて朝廷内での地位を維持しようとしたが、要求は難航した。文化面では尾形光琳・乾山兄弟を支援し、彼らとの交流を通じて芸術の発展に寄与した。享保17年(1732年)に薨去した。
主な祖先
二条綱平の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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