戦国時代後期から江戸時代初期にかけての公卿。関白や左大臣を歴任し、一条家13代当主となった。本能寺の変が発生した際の関白でもあった。天正元年(1573年)、分家の土佐一条氏の当主を隠居させるため土佐国に下向し、土佐一条氏の大名的性格を解体。天正9年(1581年)には正親町天皇の関白に就任したが、天正12年(1584年)に関白・左大臣を辞任。子に恵まれず、後陽成天皇の皇子を養子に迎えた。慶長16年(1611年)、64歳で薨去。
主な祖先
一条内基の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











