系譜で辿る日本史

選択中の人物

藤原重隆ふじわらのしげたか

藤原重隆

平安後期の貴族

氏族藤原北家勧修寺流
生没1076年 - 1118年
位階正五位下
官職 右衛門権佐 中宮大進
幕府職

平安時代後期の貴族で、白河院蔵人や堀河天皇の六位蔵人、鳥羽天皇の侍者などを歴任。康和6年(1104年)には因幡権守に叙任され、鳥羽天皇即位後は皇后宮大進や右衛門権佐を務めた。元永元年(1118年)に43歳で没。作法故実書『蓬莱抄』や公事の指図書『雲図抄』を著す一方で、死後には心性について批判され、冥界で閻魔庁に出仕したという説話も残る。識見豊かな一方で毀誉褒貶が多かった人物。

更新
主な祖先

宣化天皇

17親等祖先

橘諸兄

12親等祖先

舒明天皇

13親等祖先

允恭天皇

20親等祖先

藤原良房

9親等祖先

欽明天皇

16親等祖先

嵯峨天皇

8親等祖先

敏達天皇

15親等祖先

藤原武智麻呂

13親等祖先

坂上苅田麻呂

12親等祖先

藤原重隆の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫