系譜で辿る日本史

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四条隆資しじょうたかすけ

四条隆資

南北朝時代の公卿

氏族藤原北家魚名流四条家
生没1292年 - 1352年
位階従一位
官職 大納言
幕府職

鎌倉時代後期から南北朝時代にかけて活動した公卿で、南朝の実務を担った。元弘元年(1331年)には元弘の乱で後醍醐天皇方に加わるが、敗北を喫し出家する。しかし、幕府滅亡後に還俗し、再び朝廷に復帰。建武の新政では批判を受けつつも重要な役割を果たした。後村上天皇の在位中、北朝との戦いで公卿ながらも武士と共に戦い、正平6年(1351年)の足利氏の内紛を利用して南朝が京都を一時占領した際も活躍。しかし、足利軍の反攻により南朝軍は撤退し、正平7年(1352年)に男山で足利軍と戦い戦死する。息子たちも南朝に仕え、家系は途絶えたとされる。

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主な祖先

紫式部

12親等祖先

冷泉天皇

13親等祖先

平清盛

6親等祖先

源頼義

9親等祖先

藤原師輔

13親等祖先

藤原清正

14親等祖先

嵯峨天皇

16親等祖先

醍醐天皇

13親等祖先

藤原長良

16親等祖先

藤原定方

14親等祖先

四条隆資の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫

観心院

16親等子孫

桃園天皇

16親等子孫

後桃園天皇

17親等子孫

広幡忠礼

18親等子孫

毛利元運

18親等子孫

今出川公久

17親等子孫

橋本実麗

16親等子孫

北白川宮能久親王

18親等子孫

閑院宮載仁親王

18親等子孫

桜町天皇

15親等子孫