権大納言・武者小路隆光の娘として生まれ、堀越公方・足利政知の側室または正室となる。次男の清晃(後の足利義澄)と三男の潤童子を生む。延徳3年(1491年)、夫の政知が死去すると家政を担い、潤童子の家督継承を図る。しかし、異母兄の茶々丸により7月1日に潤童子と共に殺害される。一説には、円満院が茶々丸を讒言し、廃嫡・幽閉に追い込んだことを恨まれたためとされる。その後、清晃が将軍となると、伊勢宗瑞(北条早雲)に命じて茶々丸を討たせたと伝わる。
主な祖先
円満院の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











