紀州藩士中川元宣の子として宝永3年(1706年)に生まれる。享保7年(1722年)、叔父である三浦為隆の婿養子となり、藩主徳川宗直の御前で元服。享保12年(1727年)に紀州藩家老となり2000石を与えられる。享保17年(1732年)には養父の家督と1万5000石の知行を相続。享保18年(1733年)、宗直に従い江戸に出府、将軍徳川吉宗と世子家重に拝謁する。同年、従五位下長門守に任官。延享4年(1747年)、桃園天皇即位の祝賀使を務める。明和元年(1764年)には朝鮮通信使の供応を担当。安永4年(1774年)に70歳で死去する。






