平安時代後期の公卿であった松殿師家は、関白・松殿基房の三男として生まれる。母方の花山院家は後白河院や平清盛と関係が深く、基房は師家を正嫡として遇した。治承3年(1179年)、わずか8歳で権中納言に任じられる。だが、これは従兄の近衛基通を超える昇進であり、平清盛の怒りを買い、治承三年の政変を招いた。基房・師家は失脚し、関白には基通が就任した。寿永2年(1183年)、師家は摂政に任命されたが、翌年源義仲が滅亡すると再び失脚する。その後、官職に復することなく、嘉禎4年(1238年)に67歳で死去した。
主な祖先
松殿師家の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











