室町時代後期の公卿である。永正16年(1519年)に従五位上に叙爵され、以後侍従や左近衛中将を務める。大永7年(1527年)に従三位となり、公卿に列する。天文元年(1532年)には権大納言に就任するとともに、初名の実規を改め実通とする。しかし、経済的困窮から天文3年(1534年)に北国へ下向する。天文5年(1536年)に帰京し、昇進を重ねるが、天文14年(1545年)の戦乱で再び北国へ逃れ、越中国放生津城で神保長職により殺害される。享年33。
主な祖先
徳大寺実通の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











