江戸時代初期の公卿である。慶長17年(1612年)に叙爵され、以降清華家当主として迅速に昇進した。寛永3年(1616年)には従三位、公卿に列し、その後も権中納言や踏歌節会外弁を歴任。寛永16年(1639年)には正二位権大納言、翌年には神宮伝奏となる。明暦元年(1655年)に内大臣に任じられるが、翌年辞職。万治3年(1660年)右大臣、翌年従一位を授与。寛文8年(1668年)左大臣に昇進後、翌年辞職。延宝3年(1675年)に出家し、貞享元年(1684年)79歳で薨去した。天和元年(1681年)薨去説もある。
主な祖先
徳大寺公信の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫





















