系譜で辿る日本史

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一糸文守いっしぶんしゅ

一糸文守

臨済宗の僧

氏族村上源氏久我家庶流岩倉家
生没1608年 - 1646年
位階
官職
幕府職

慶長13年(1608年)生まれの一糸文守は、江戸時代の臨済宗の僧である。最初は真言宗で得度し法名を文守とするが、大徳寺の沢庵宗彭の影響で臨済宗に転宗。沢庵が紫衣事件で配流されると従うが、翌年京に戻る。その後、近衛信尋ら公家と交流を深め、後水尾上皇とも関係を持つ。寛永11年(1634年)には丹波国に桐江庵を建立。寛永20年(1643年)には近江永源寺の中興に尽力し、正保3年(1646年)に39歳で逝去。没後、後水尾院から「定慧明光仏頂国師」の号を贈られる。

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