平安時代前期の公卿であり、従四位上の位を持つ。仁和3年(887年)に従五位下に叙爵され、以後、約30年間にわたって伊賀守や遠江守、美濃介、播磨介、越前守、近江介/権守、備前守などの地方官を歴任。寛平7年(895年)に従五位上に昇進し、延喜14年(914年)には従四位下、延喜17年(917年)には従四位上に昇進。延喜19年(919年)には参議兼宮内卿に任命され、公卿としての地位を確立。翌年、延喜20年(920年)に57歳で没した。
主な祖先
橘良殖の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫





















