鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて活躍した武将であり、室町幕府の侍所頭人や上総国守護を務めた。足利尊氏の下で活躍し、室町幕府の成立に貢献した。延元3年(1338年)、北畠顕家の進軍を阻止するため、近江と美濃国境で戦った。興国元年(1340年)、家臣が光厳上皇の弟の僧兵に殴打されたことを機に、父と共に御所に火をかける事件を起こし、一時流刑となった。後に上総守護に任命され、正平8年(1353年)には南朝に追われた後光厳天皇を守る際、新田氏残党に襲われ討たれた。子の秀詮と氏詮も南朝勢との戦いで戦死し、家督は弟の高秀が継承した。











