室町時代中期から戦国時代にかけて活動した浄土真宗の僧。幼少期に浄土宗の寺院で育てられ、文明年間初め頃に加賀に移り住む。加賀で松岡寺を建立し、布教に尽力。文明7年(1475年)には父・蓮如と加賀守護富樫政親との対立に伴い、一度加賀を離れるも、後に戻り弟たちと共に富樫氏に対抗。長享2年(1488年)には富樫政親を攻め滅ぼし、蓮綱と蓮悟が加賀の実質的な国主となる「両御山」体制を築く。晩年は加賀門徒の指導を弟や息子に任せ隠居するも、享禄4年(1531年)に法主証如の政策により、蓮綱は幽閉され、同年82歳で死去。松岡寺は一時廃絶状態となった。











