系譜で辿る日本史

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定範じょうはん

定範

真言宗・三論宗兼学の僧

氏族藤原南家信西(通憲)流
生没1165年 - 1225年
位階
官職
幕府職

真言宗と三論宗を兼学した平安末期から鎌倉前期の僧。初めに醍醐寺で叔父の勝賢から真言宗を学び、後に東大寺で叔父の明遍に三論宗を学んだ。建久元年(1190年)、東大寺東南院の院主に就任し、建保元年(1213年)には東大寺別当となる。承久3年(1221年)、醍醐寺座主となり、法印・権大僧都に叙せられる。没後、後高倉院との間での院主譲渡に関する問題が発覚し、東大寺と興福寺の強訴に発展するが、これは承久の乱後の政治的動向と関連していた。

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16親等祖先

大伴金村

20親等祖先

阿倍比羅夫

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13親等祖先

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蘇我馬子

18親等祖先

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14親等祖先

藤原定方

9親等祖先

藤原冬嗣

12親等祖先

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