南北朝時代の武将である。室町幕府の侍所頭人や美濃・尾張・伊勢の守護を務めた。父の死後、叔父と共に各地を転戦し、南朝方と戦った。興国元年(1340年)、南朝方の脇屋義助を攻め、尾張へ逃亡させた。叔父の頼遠が処刑されると、美濃守護となり、斎藤氏を服従させた。観応の擾乱では足利尊氏を支持し、尾張守護職を与えられる。正平8年(1353年)、南朝軍の侵入時には義詮と後光厳天皇を援護し、侍所頭人や評定衆としても活躍した。尊氏死後に出家し、伊勢守護職を得るが、後に失職。晩年は幕政から距離を置き、天授5年(1379年)に赦免を受ける。元中4年(1388年)に死去し、甥の康行が後を継いだ。和歌にも優れ、多くの勅撰和歌集に作品を残す。

















