鎌倉時代中期の公卿であり、正二位・内大臣を務めた。後堀河天皇から亀山天皇にかけての五朝で仕え、寛喜3年(1231年)に叙爵されて以降、侍従や左近衛少将などを歴任した。暦仁2年(1238年)には従三位に昇進し、公卿に列した。建長2年(1250年)に正二位、弘長元年(1261年)には右近衛大将、さらにその翌年には左近衛大将となった。文永2年(1265年)には内大臣に任じられたが、文永5年(1268年)に病を理由に出家し、その年に薨去した。享年51。出家後は香隆寺入道と称された。
主な祖先
大炊御門冬忠の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











