系譜で辿る日本史

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藤原光雅ふじわらのみつまさ

(葉室光雅)

藤原光雅

鎌倉前期の公卿

氏族藤原北家勧修寺流庶流葉室家
生没1149年 - 1200年
位階正二位
官職 権中納言
幕府職

平安時代末期から鎌倉時代初期の公家である。後白河法皇の近臣として仕え、実務能力に優れていたため多方面から起用された。治承2年(1178年)には言仁親王(後の安徳天皇)の職事を務め、治承三年の政変後は平清盛の命で近衛基通の執事を担当した。法住寺合戦後には松殿師家の年預となる。文治元年(1185年)、源頼朝との対立により右大弁を解官されるが、翌年に復職し、後に権中納言に昇進した。

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主な祖先

藤原師輔

8親等祖先

宇多天皇

9親等祖先

藤原基経

10親等祖先

藤原良房

12親等祖先

橘諸兄

15親等祖先

藤原兼輔

9親等祖先

藤原不比等

15親等祖先

藤原長良

11親等祖先

桓武天皇

12親等祖先

藤原兼家

7親等祖先

藤原光雅の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫

稲葉知通

17親等子孫

鍋島宗教

18親等子孫

中院通躬

16親等子孫

稲葉信通

16親等子孫

稲葉貞通

13親等子孫

鍋島重茂

18親等子孫

園池公静

19親等子孫

三条西公条

10親等子孫

三条西実隆

9親等子孫

中院通茂

15親等子孫