系譜で辿る日本史

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葉室光親はむろみつちか

(藤原光親)

葉室光親

鎌倉前期の公卿

氏族藤原北家勧修寺流庶流葉室家
生没1176年 - 1221年
位階正二位
官職 権中納言
幕府職

葉室光親は平安末期から鎌倉初期の公卿で、正二位・権中納言に至る。寿永2年(1183年)に六位蔵人となり、以後も豊前守や右少弁など多くの役職を歴任した。承久3年(1221年)の承久の乱では後鳥羽院の側近として北条義時討伐の院宣を執筆したが、実際には上皇の倒幕計画に懸念を抱いていた。乱後、君側の奸として捕らえられ、甲斐源氏の武田信光に護送される途中で処刑された。享年46。彼の死後、北条泰時は光親の諫状を読み、その処刑を後悔したという。静岡県に墓が残り、忠臣としての評価を受けている。

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主な祖先

光仁天皇

14親等祖先

嵯峨天皇

12親等祖先

藤原三守

12親等祖先

天智天皇

16親等祖先

桓武天皇

13親等祖先

光孝天皇

11親等祖先

阿倍比羅夫

16親等祖先

高階貴子

8親等祖先

藤原道隆

8親等祖先

醍醐天皇

9親等祖先

葉室光親の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫

市橋長璉

19親等子孫

稲葉董通

18親等子孫

武者小路実篤

20親等子孫

錦織教久

20親等子孫

稲葉恒通

17親等子孫

稲葉一通

14親等子孫

中山忠能

20親等子孫

三条西実隆

8親等子孫

堤功長

20親等子孫

勧修寺経逸

19親等子孫