系譜で辿る日本史

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吉田定経よしださだつね

吉田定経

甘露寺家(吉田家)9代当主

氏族藤原北家勧修寺流嫡流甘露寺家
生没1158年 - 1231年
位階従三位
官職 参議
幕府職

平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての公卿であり、従三位・参議を務めた。後白河院判官代に叙爵され、安房守や美濃国の国司を歴任。平清盛による政変で解官されるが、後に復帰し、天叢雲剣の捜索で伝奏を務めた。建久8年(1197年)に参議となり、正治元年(1199年)には従三位に叙せられるも、同年に出家。父・経房はこれに憤激し、定経を義絶。晩年は次男との確執もあり、寛喜3年(1231年)に76歳で死去。『西記』を遺し、『千載和歌集』などに和歌が採録される勅撰歌人でもあった。

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主な祖先

藤原良房

12親等祖先

光仁天皇

13親等祖先

源満仲

7親等祖先

藤原是公

14親等祖先

藤原宣孝

7親等祖先

藤原真楯

13親等祖先

藤原宇合

14親等祖先

桓武天皇

12親等祖先

吉田定経の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

養父
    配偶者
    主な子孫

    一条房家

    9親等子孫

    京極忠高

    13親等子孫

    京極高和

    14親等子孫

    三好義継

    12親等子孫

    誠仁親王

    13親等子孫

    北条氏朝

    15親等子孫

    寿桂尼

    10親等子孫