系譜で辿る日本史

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吉田資経よしだすけつね

吉田資経

甘露寺家(吉田家)10代当主

氏族藤原北家勧修寺流嫡流甘露寺家
生没1181年 - 1251年
位階正三位
官職 参議
幕府職

鎌倉時代の公卿である。文治4年(1188年)に従五位下に叙爵され、信濃守や三河守などを歴任。父の出家後、祖父の養子として家督を継ぐ。承久の乱が起こった承久3年(1221年)には従四位上に昇進し、参議に任ぜられる。晩年は大宰大弐を務め、天福2年(1234年)に出家。建長3年(1251年)に71歳で薨去した。『平家物語』の作者との説もあるが、定かではない。

更新
主な祖先

藤原時平

12親等祖先

後三条天皇

6親等祖先

藤原武智麻呂

15親等祖先

光孝天皇

11親等祖先

藤原是公

15親等祖先

藤原道長

7親等祖先

藤原朝忠

11親等祖先

藤原冬嗣

13親等祖先

吉田資経の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

養父
    配偶者
    主な子孫

    後奈良天皇

    10親等子孫

    本願寺顕如

    13親等子孫

    尋尊

    7親等子孫

    本願寺教如

    14親等子孫

    後陽成天皇

    13親等子孫

    良尚入道親王

    13親等子孫

    京極竜子

    11親等子孫

    本願寺准如

    14親等子孫