系譜で辿る日本史

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藤原定隆ふじわらのさだたか

藤原定隆

平安後期の公卿

氏族藤原北家良門流
生没1134年 - 1170年
位階従三位
官職 左京大夫
幕府職

平安時代後期の公卿である。保延7年(1141年)に従五位下・備中守に叙任された後、久安6年(1150年)に但馬守、仁平2年(1152年)には加賀守を歴任。近衛天皇の近臣として、天皇崩御の際には鳥羽殿に急報したことが知られる。保元2年(1157年)には従四位下・皇太后宮亮となり、各国の受領を務める。仁安2年(1167年)には後白河上皇の院別当を務め、法勝寺の千僧読経で禄を賜る。二条天皇期には親政派として活動し、伊勢神宮遥拝の再興に関与した。仁安3年(1168年)に従三位に昇進し、仁安4年(1169年)には周防権守を兼任するが、嘉応2年(1170年)に37歳で急逝した。

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