平安時代後期の公卿で、正三位・参議に昇進した。寛治2年(1088年)に従五位下に叙爵され、以降、侍従、左近衛少将、左近衛中将などを歴任。康和4年(1102年)には従三位・参議に任じられ公卿となった。永久元年(1113年)に正三位に至るが、永久3年(1115年)に36歳で死去。祖父の師実に養われ、足を洗う役目を務めていたとされる。作法に疎く、藤原宗忠から批判を受けた逸話が残る。子孫は室町家(法性寺家)を称したが、室町時代に断絶。
主な祖先
藤原家政の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











