平安時代中期の皇族である昭平親王は、村上天皇の第五皇子として生まれた。天徳4年(960年)、源朝臣姓を与えられ臣籍降下し、源 昭平を名乗る。冷泉朝では従四位上・右兵衛督に叙任され、正四位下まで昇進したが、一部の兄弟と異なり皇族に復帰することはなかった。貞元2年(977年)、円融天皇の配慮により親王宣下を受け、皇族に復帰する。この背景には、当時の藤原氏の政治的な駆け引きがあったとされる。永観2年(984年)には出家し、後に大雲寺に移り住んだ。能書家としても知られ、長和2年(1013年)に60歳で薨去した。
主な祖先
昭平親王の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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