蜂須賀斉裕は江戸時代末期の大名で、阿波国徳島藩の13代藩主。天保14年(1843年)に藩主となり、財政危機に直面した徳島藩の再建に取り組む。藩士の知行を削減し、大商人に献金を求めるなどの財政改革を行う一方、海防を強化し、イギリス式の軍制を導入。幕末の混乱期には海軍総裁・陸軍総裁に任命されるが、これによる出費が財政を圧迫。公武合体を推進するも家臣団の意見が分かれ、藩論統一には至らず。慶応4年(1868年)に48歳で急死した。軍事面での功績が評価される一方、その立場のあいまいさが精神的な鬱積を生み、アルコール中毒に苦しんだ。









