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戦国時代の武将
戦国時代の武将である櫛橋政伊は、播磨国志方城の城主として知られる。父の跡を継ぎ、1万石余りを有する志方城を治めていた。織田信長の播磨平定が進む中、別所氏や小寺氏らと共に織田軍に加わるが、後に毛利氏と協調し織田方から離反した。織田軍の包囲を受け、城方の兵が赤痢に感染し戦力を失う中、天正5年(1577年)に降伏した。この時、嫡子を人質に出していたが、城の落城と共に自害したとされる。以降、櫛橋氏は滅亡したが、生き残った一族は後に黒田氏に仕え、福岡藩士として存続した。政伊の家督は次男・定重が継いだ。
藤原義孝
16親等祖先
藤原基経
19親等祖先
光孝天皇
藤原伊尹
17親等祖先
醍醐天皇
18親等祖先
藤原長良
20親等祖先
仁明天皇
藤原忠平
藤原師輔
藤原時平