系譜で辿る日本史

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櫛橋則伊くしはしのりこれ

櫛橋則伊

赤松氏の家臣

氏族称・藤原北家九条流
生没1433年 - 1487年
位階
官職
幕府職

室町時代の播磨国の武将で、赤松氏の家臣。嘉吉元年(1441年)の嘉吉の乱で赤松氏が滅ぼされ、父は自害に追い込まれたが、9歳の則伊は仏門に入って生き延びた。長禄2年(1458年)の長禄の変で赤松氏が再興されると還俗し、赤松家臣として活動。文明8年(1483年)には奉行人に任命され、文書発給に携わった。文明15年(1488年)、松田元成の反乱で備前福岡城に籠城したが、山名軍に敗北。後に赤松政則に従い旧領奪還に尽力した。志方城を築城したとされるが、文明18年(1486年)に死去したと伝わる。

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主な祖先

藤原時平

15親等祖先

藤原真楯

20親等祖先

光孝天皇

16親等祖先

文徳天皇

18親等祖先

藤原行成

12親等祖先

光仁天皇

19親等祖先

桓武天皇

18親等祖先

藤原三守

18親等祖先

櫛橋則伊の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫

市橋長和

12親等子孫

黒田綱政

7親等子孫

黒田継高

8親等子孫

黒田宣政

8親等子孫

近衞忠輝

17親等子孫

池田宣政

15親等子孫

相良頼徳

11親等子孫

酒井忠宝

13親等子孫