井伊直孝は江戸時代前期の武将で、上野国白井藩主、後に近江国彦根藩の3代藩主となる。幼少期は上野国安中で養育され、徳川秀忠の近習として仕えた。大坂冬の陣で家康に井伊家の大将に指名されるも、戦闘での先走りが問題となったが、家康に庇われて処罰は免れた。大坂夏の陣では藤堂高虎と共に先鋒を務め、豊臣方を破り戦功を挙げた。秀忠の後見役に任じられ、後に家光からも信頼を得て30万石を領した。幕政を主導し、朝鮮通信使の応接や将軍名代としての日光東照宮参詣などの役割を果たした。70歳で没するまで譜代大名の重鎮として活動した。
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井伊直孝の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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