系譜で辿る日本史

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照子女王てるこじょおう

(天真院)

照子女王

徳川光貞・室

伏見宮貞清親王の王女

氏族皇族
生没1625年 - 1707年
位階
官職
幕府職

伏見宮貞清親王の娘として京都で生まれた。明暦3年(1657年)、紀州藩2代藩主・徳川光貞と縁組し、和歌山城で婚礼を挙げた。婚姻後、江戸赤坂の紀州藩邸に移り住み、御簾中様と称されたが、光貞との間に子供はできなかった。宝永2年(1705年)に光貞が死去すると落飾し、天真院と号した。宝永4年(1707年)に83歳で没し、墓所は報恩寺と池上本門寺にある。

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