系譜で辿る日本史

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藤原扶幹ふじわらのすけもと

藤原扶幹

平安中期の公卿

氏族藤原北家
生没869年 - 938年
位階従三位
官職 大納言
幕府職

平安時代前期から中期にかけて活躍した公卿。周防掾や近江権少掾、中務少丞を経て、仁和3年(887年)に従五位下に叙爵される。宇多天皇の時代には兵部少輔や民部少輔を務め、寛平7年(895年)に信濃守に任命され地方官に転じる。その後、常陸介や上野介を歴任する。昌泰4年(901年)に従五位上に昇叙。藤原忠平の側近として延喜年間に京官に復帰し、順調に昇進。延喜23年(923年)には参議に任ぜられ公卿に列し、議政官としても活躍した。朱雀天皇の時代にも昇進を続け、承平7年(937年)に大納言に至る。天慶元年(938年)に辞職を請い、同年に薨去した。源氏長者として淳和奨学両院別当を務め、『後撰和歌集』に和歌が1首収録されている。

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主な祖先

蘇我馬子

10親等祖先

允恭天皇

15親等祖先

応神天皇

17親等祖先

孝安天皇

20親等祖先

宣化天皇

12親等祖先

大伴室屋

14親等祖先

藤原不比等

7親等祖先

垂仁天皇

20親等祖先

藤原扶幹の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫

後鳥羽天皇

12親等子孫

冷泉為相

12親等子孫

平資盛

12親等子孫

大弐三位

6親等子孫

高倉天皇

12親等子孫

後嵯峨天皇

12親等子孫

徳大寺実定

10親等子孫

近衛兼経

12親等子孫