鎌倉時代前期から中期にかけての公卿で、正二位・右近衛中将を務めた。貞永元年(1232年)に従五位下・侍従に叙任され、その後も順調に昇進を重ね、寛元元年(1243年)に従三位に叙せられ公卿となった。武官としては右近衛少将や右近衛中将を務め、因幡介・土佐介・美濃権守といった地方官も兼任した。しかし、参議には任官されず、弘長3年(1263年)に出家し、法名を円信と号した。父・忠房と同様に大納言には至らなかったが、正二位にまで昇進した。
主な祖先
松殿良嗣の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











