鎌倉時代後期から南北朝時代の公卿であった資名は、永仁4年(1296年)に左兵衛佐に任じられ、正和4年(1315年)に参議に昇進。元徳2年(1330年)には正二位となる。元弘元年(1331年)、後醍醐天皇の廃位に際し、三種の神器の伝授に関与。以降は光厳天皇に寵愛され、権大納言に任命された。正慶2年/元弘3年(1333年)、六波羅探題が陥落すると光厳天皇らと共に京都を脱出。建武2年(1335年)、足利尊氏の意向を受けて光厳上皇の院宣を得て尊氏に提供。暦応3年(1338年)に53歳で薨去した。
主な祖先
日野資名の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
養父
配偶者
主な子孫





















