江戸時代前期の旗本で、立花甲斐守家の祖。戦国武将立花直次の次男として慶長13年(1608年)に生まれる。幼名は松千代丸、通称は与兵衛。元和3年(1617年)に父が亡くなると、元和9年(1623年)に大御所秀忠と将軍家光に拝謁し、小姓として廩米500俵を与えられる。寛永7年(1630年)に従五位下・甲斐守に任じられ、寛永10年(1633年)に200石を加増され相模国で知行地を得る。正保2年(1645年)に38歳で死去し、家督は子の種成が継いだ。墓所は下谷広徳寺。
主な祖先
立花種吉の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











