鎌倉時代初期から中期に活躍した公卿で、藤原南家信西流に属する。文治4年(1188年)に従五位下に叙され、以降、建久元年(1190年)従五位上、建久2年(1191年)右兵衛佐など、急速に昇進を遂げる。承元4年(1210年)には義弟・三条公房から従三位を譲られ、公卿に列した。しかしその後の昇進は停滞し、建保4年(1217年)に正三位に叙せられたのを最後に、建長4年(1252年)に出家するまで叙位・任官は無かった。また、承久2年(1220年)には行幸に参じなかったため、恐懼に処せられる。
主な祖先
藤原有能の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











