平安時代後期から鎌倉時代前期にかけての公卿。二条朝の永暦2年(1161年)に従五位下に叙爵し、顕順から仲資に改名。17歳で早くも従五位上に進む。安元2年(1176年)には兄を差し置いて神祇伯を継承し、急速に昇進。建久元年(1190年)には従三位に叙せられ公卿となる。建久9年(1198年)には神祇伯を子に譲り、家系の世襲を確定させた。承元元年(1207年)に兵部卿となり、同年出家。承久4年(1222年)に66歳で薨去。日記に『仲資王記』がある。
主な祖先
仲資王の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫





















