系譜で辿る日本史

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北陸宮ほくろくのみや

北陸宮

以仁王の第一王子

氏族皇族
生没1165年 - 1230年
位階
官職
幕府職

平安時代末期、以仁王の令旨に応じて挙兵した木曾義仲に奉じられる。義仲が平家を都落ちさせた後、新たな皇位継承者候補として推挙されるが、後白河法皇により後鳥羽天皇が選ばれ、実現しなかった。その後、法住寺殿に身を寄せたが、義仲の失敗により逃亡。文治元年(1185年)に頼朝の庇護で帰京し、源姓を願うも許されず、嵯峨野に隠棲。寛喜2年(1230年)に66歳で薨去した。

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