奈良時代中期の貴族である藤原弟貞は、左大臣・長屋王の子として生まれた。長屋王の変で父と兄弟が自死する中、異母兄弟とともに生き残った。天平12年(740年)に従四位下に直叙され、天平18年(746年)には右大舎人頭に任命された。橘奈良麻呂の乱では謀反を密告し、密告の賞として従三位に昇進し、藤原姓を与えられた。その後、藤原仲麻呂政権下で参議に任ぜられ、政界で主要な地位を占めた。天平宝字7年(763年)に薨去した。最終官位は参議礼部卿従三位。子孫は永原氏を名乗った。
主な祖先
藤原弟貞の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫




















