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勧修寺経顕かじゅうじつねあき

勧修寺経顕

勧修寺家初代当主

氏族藤原北家勧修寺流庶流坊城家
生没1298年 - 1373年
位階従一位
官職 内大臣
幕府職

鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての公卿で、従一位・内大臣まで昇進した。元徳元年(1329年)に蔵人頭、翌年参議に任じられ、暦応3年(1340年)には権大納言に昇進。光厳上皇の寵臣として院伝奏や評定衆、武家執奏を務めた。正平一統の際には宮中の混乱を鎮め、後光厳天皇の擁立を画策。応安3年(1370年)には従一位内大臣に任じられ、北朝方の重鎮として活躍したが、翌年には辞職した。光厳・後光厳両天皇からの信任が厚かった。

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主な祖先

清和天皇

15親等祖先

藤原師輔

13親等祖先

一条天皇

12親等祖先

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源頼国

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12親等祖先

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6親等祖先

藤原朝忠

15親等祖先

勧修寺経顕の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫

東山天皇

12親等子孫

霊元天皇

11親等子孫

正親町天皇

7親等子孫

宗義真

11親等子孫

津軽信著

13親等子孫

良尚入道親王

10親等子孫