系譜で辿る日本史

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藤原道兼ふじわらのみちかね

藤原道兼

平安中期の公卿

氏族藤原北家九条流
生没961年 - 995年
位階正二位
官職 関白 右大臣
幕府職

寛和2年(986年)の寛和の変では、花山天皇を密かに内裏から連れ出し出家させる役割を担ったとされる。兄・道隆が病没すると、半月ほどの空白期間を経て後任の関白に就任する。しかしほどなくして病没し、世に「七日関白」と呼ばれた。なお、この頃は天然痘が大流行し、同じ時期に多くの公卿が病死している。

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主な祖先

橘諸兄

9親等祖先

允恭天皇

17親等祖先

嵯峨天皇

7親等祖先

欽明天皇

13親等祖先

宣化天皇

14親等祖先

履中天皇

17親等祖先

仲哀天皇

20親等祖先

大彦命

19親等祖先

武内宿禰

18親等祖先

藤原武智麻呂

8親等祖先

藤原道兼の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫

結城朝光

6親等子孫

結城成朝

16親等子孫

小山政種

19親等子孫

穴山信友

18親等子孫

宇都宮頼綱

7親等子孫

伊達成実

20親等子孫

相馬盛胤

19親等子孫

肖柏

16親等子孫

安国寺恵瓊

18親等子孫

宍戸隆家

16親等子孫