室町時代後期から安土桃山時代にかけて活躍した公卿。正親町天皇と後陽成天皇に仕え、官位は正二位権大納言にまで昇進。永禄9年(1566年)に叙爵し、永禄11年(1568年)には父の勅勘による追放という困難な状況に直面するも、織田信長の支援を受けて家督を継承。天正6年(1578年)に従三位に昇格し公卿となる。武家伝奏として朝廷と豊臣氏の間を取り持ち、豊臣家からも信頼を集め、加増を受ける。慶長4年(1599年)、密通の風聞で勅勘を受け、京都から追放される。
主な祖先
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