鎌倉時代の公卿である九条忠家は、摂政関白右大臣として知られる。嘉禎元年(1235年)に父が急逝し、祖父・九条道家に育てられた。嘉禎3年(1237年)に道家の猶子となり、学者・菅原為長により諱を選ばれる。仁治3年(1242年)に権大納言に任じられ、その後も右大臣まで昇進。しかし建長4年(1252年)に謀反事件で失脚。文永10年(1273年)に関白宣下を受け復帰するが、公家社会からの反発を受けた。建治元年(1275年)、47歳で薨去。摂関就任により九条家の地位を確立し、一族の運命を変えた。
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九条忠家の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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