平安時代後期の公卿である藤原隆季は、鳥羽院の寵臣である父の影響を受け、早くから院近習として活躍した。長承2年(1133年)に従五位下に叙され、その後は但馬や讃岐などの受領を経て昇進を続けた。保元の乱では平氏との関係を築き、後に平清盛の娘を嫡子の妻に迎えるなど、平氏と友好関係を強化した。1161年には参議となり、検非違使別当や権中納言を歴任し、1168年には権大納言に昇進した。政治的危機も経験したが、平氏との関係を維持し、後には高倉上皇の執事別当としても活躍。1182年に権大納言を辞任し出家、1185年に薨去した。和歌にも秀で、『詞花和歌集』などに作品が収められている。

















