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家系図の見方
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平安時代中期の公卿
平安時代前期から中期にかけて活躍した公卿。文章生として学問を修め、宇多朝で敦仁親王の春宮蔵人を務めた。醍醐天皇の即位に伴い従五位下に叙爵され、相模介や播磨介を経て急速に昇進。延喜9年(909年)には参議に任ぜられ公卿に列した。醍醐朝では『延喜式』の編集に参画し、山城国深草に道澄寺を創建。晩年は病により右近衛大将を辞任し、延喜20年(920年)薨去した。正三位大納言まで昇進し、能吏として名を馳せた。生真面目な性格が天皇に誤解される不運に見舞われたと伝えられる。
蘇我馬子
9親等祖先
日本武尊
19親等祖先
垂仁天皇
20親等祖先
応神天皇
17親等祖先
仲哀天皇
18親等祖先
孝霊天皇
孝元天皇
藤原不比等
6親等祖先
武内宿禰
15親等祖先
藤原房前
藤原得子
8親等子孫
西園寺実氏
10親等子孫
藤原清輔
土御門定通
藤原成通
式子内親王
二条天皇
高倉天皇
三条実房
三条公教
9親等子孫