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家系図の見方
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平安時代中期の公卿
平安時代中期の公卿である。多くの官職を歴任し、特に応和2年(962年)には村上天皇の六位蔵人に任命され、円融朝では尾張守や讃岐介を務めた。藤原頼忠や藤原兼家からも信頼を受け、中宮権亮を務めることもあった。晩年には近江国の介として荘園経営に力を入れ、長保6年(1004年)には仁寿殿の造営で従三位に叙せられた。寛弘3年(1006年)に出家し、寛弘7年(1010年)に79歳で薨去した。和歌にも親しみ、内裏歌合に参加した記録が残る。彼の子孫は院政期に多くの著名人を輩出した。
雄略天皇
16親等祖先
蘇我馬子
11親等祖先
藤原不比等
8親等祖先
継体天皇
14親等祖先
阿倍比羅夫
10親等祖先
応神天皇
19親等祖先
大彦命
孝元天皇
20親等祖先
九条忠家
10親等子孫
後堀河天皇
小督
7親等子孫
近衛基通
8親等子孫
一条家経
西園寺実兼
藤原親子
坊門姫
6親等子孫