平安時代後期の貴族である藤原定実は、治暦4年(1068年)に叙爵され、承保4年(1077年)には侍従に任官。左近衛少将を経て、寛治4年(1090年)に右京大夫となる。父の藤原伊房が私貿易で解官された影響もあり、昇進には恵まれず、20年にわたり右京大夫を務めた。土佐権守も兼任し、承保2年(1075年)には父の校合した『北山抄』に関与。筆跡は現存しないが、複数の書写活動を行ったとされる。享年69で出家後、天承元年(1131年)に亡くなった。
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藤原定実の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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