平安時代後期の公卿・歌人であり、村上源氏の一員。白河朝から白河院政期にかけて受領を歴任し、承暦元年(1077年)から丹波守などを務めた。康和4年(1102年)には公卿に列せられ、保安3年(1122年)には神祇伯を兼任。勅撰歌人として25首が勅撰和歌集に採録され、『金葉和歌集』などに名を残す。永久4年(1116年)には百首和歌を詠したが、家集は散逸。大治3年(1128年)には『西宮歌合』などを主催し、元永元年(1118年)の『内大臣家歌合』などに参加。笙を学び、御遊で演奏したこともある。鳥羽院政期の1138年に薨去。享年は81とも75ともされる。
主な祖先
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主な子孫





















