霊元天皇の第一の側近として権勢を振るい、近衛基熙と権力を争った。官位は従一位・関白及び摂政に至る。天和2年(1682年)、霊元天皇の意向で関白に任命され、以降宮廷内での対立が激化した。貞享4年(1687年)、東山天皇の摂政となり、後に院政を開始した霊元上皇と幕府の対立が始まる。元禄3年(1690年)、基熙に関白の座を追われた。晩年には中風に悩まされつつ、神道研究に尽力し、山崎闇斎の垂加神道を庇護した。宝永2年(1705年)に死去。
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