鎌倉時代中期から後期にかけて活躍した武将で、斯波氏(足利尾張家)の第3代当主を務めた。宗氏は当初「家貞」と名乗っていた。延慶2年(1309年)には幕府の尋問に応じた記録があり、足利尾張家の当主となっていたとされる。歌人としても知られ、「続後拾遺和歌集」や「新千載和歌集」にその歌が収録されている。正和元年(1312年)に没した可能性が高い。嫡子の高経が元亨3年(1323年)に供養に参加していることから、宗氏はそれ以前に亡くなったと考えられる。宗氏の生涯に関する詳細は不明な点が多いが、当時の文化人としての一面も持っていた。
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