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藤原長忠ふじわらのながただ

藤原長忠

平安後期の公卿

氏族藤原北家中御門流
生没1057年 - 1129年
位階従三位
官職 権中納言
幕府職

平安時代後期の貴族で、藤原北家御堂流の出身。祖父・藤原能信の功績により白河朝で昇殿を許され、従四位下・兵衛佐に叙任される。堀河朝では一時昇殿を止められるが、嘉保元年(1094年)に許可され、康和3年(1101年)に権右中弁に抜擢。以降、弁官を歴任し昇進を重ねた。嘉承2年(1107年)には鳥羽天皇の即位に際し奉行役を務め、天永2年(1111年)参議に任ぜられ公卿となる。保安3年(1122年)権中納言に進むが、子息の任官と引き換えに辞職。大治4年(1129年)病のため出家し、同年11月に薨去。享年73。歌会にて「夢の後の郭公」の題を選んだことが不吉とされ、堀河天皇の崩御と結びつけられる逸話が伝わる。

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藤原長忠の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

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